臥薪嘗胆

今日、駅の出口で美容室かなんだかのチラシを撒いているお兄ちゃんがいて、ちらっと見た瞬間に「あぁそれじゃ絶対さばけねーよ。残念ながら」と思った。
彼は歩いてくる人の進行方向に対して右側からチラシを渡そうとしていた。
進行方向の左側から体をふさぐように出すと、利き手でつい受け取ってしまうと言うのはチラシ配りの鉄則だ。

そんなことどこで覚えたんだっけと思い返せば、劇団衛星で使い走りをしていたころだ。
衛星は毎週末、次回公演をする劇場の近くの繁華街でチラシ配りをやっており、他の団員と共に配りに向かう僕だけがどうやってもチラシの捌け具合が悪く、毎週苦労した末に先輩団員から教えてもらったのがその技だ。

そう言えば動員が伸びない伸びないと僕のところへ来てぶつぶつ漏らしていく小劇場の劇団員たちは、果たしてそんなことやっているのだろうか。

やるだけやったほうがいいよ、と僕は思う。
自分たちの活動の為に自分たちでアイデアを出して試行錯誤する、その経験が結局は作品作りにも跳ね返ってくるんだよ、というのは僕の少なくない経験からも明らかだ。
「誰もお前たちに演劇をやってくれなんて頼んでいない」とは劇団飛び道具の藤原大介氏の残した名言であるが、頼まれてもいない事を自分の意思でやろうと言うのだから、少なくとも全力くらいは尽くそうや、と僕はそう思う。
才能どうのこうのと言うのはやるだけやった人だけが言っていい事だ。
「伸びないんですよね」という人を前にすると、(そりゃ君、努力が足りないよ)と僕なんかは言いたくなる。
他の誰よりも努力した事もないのに、それを才能のせいにするのは、ちと無責任というものだぜ。

だってこの僕だってそれくらいはやってきたよ、と寒空にチラシ配りをする人を見て僕は思うのだ。