”Nostalgia Film”「夏と夜空とマホウノビン」#1


「これはわたしのマホウノビンなんだけど、お姉ちゃんにだけは見せてあげる」
「へっ?」
急に話しかけられたせいで、私はおかしな声をあげてしまった。たぶん顔の方も相当におかしかったに違いない。
夏の日の昼下がり。家の縁側に腰かけている私の前に何かを持って立っているのは、先日隣の家に引っ越してきた少女だ。


「申し訳ないけど、しばらく一緒に遊んでいてくださらないかしら?」
と、ほとんど面識のない人間に言うには不適切な依頼をすると、彼女の母親であるところの女性は車でどこかに出かけてしまった。
あとには、赤いワンピースを着た所在無げな少女が残された。
「あんたも大変だね」
と、傍らの少女に声をかけると、わかったのかわかっていないのか、彼女はこくりと首を縦に振った。
私は彼女の小さな手を取り、自分の家の縁側に連れていった。うちの家は祖父の祖父の代からこの街で暮らしており、家の大きさのわりには庭の占める割合が大きい。どうやらうちの先祖は「庭の広さは心の広さに繋がるのである」という格言でも持っていたらしい。
「どうせなら、部屋を広く作っておいてくれればいいのにさ」
と、私は何度思ったか知れない。


一緒に遊んで、とは言われたものの、姉妹のいない一人っ子の私にはこの年代の女の子とどんな遊びをしたものだか検討もつかなかった。最終的に途方にくれた私は、庭の地面に絵を描いて遊ぶ彼女を縁側でぼんやりと見守っていた。
夏の日の昼下がりはなんとも言えない気だるさで、水をたっぷりと撒いた庭の地面はあったかいもやに包まれているようで眠気を誘う。
そこに、急に声をかけられたものだから、先ほどの間の抜けた返事が口をついて出てしまったのだ。


「ごめん、ごめん。・・・なんだって?」
私は少女に謝りながら、もう一度聞き返した。
「えっとね・・・これ、マホウノビンなんだけど・・・お姉ちゃんに見せてあげる」
上目使いで私の様子を伺いながら、言葉を切って話す彼女に一抹の申し訳なさを感じながら、私は必死で彼女の言ったことを飲み込もうとしていた。
(マホウノビン・・・? え・・・、なに。魔法瓶ってこと?)
「えーっと・・・」
結局どう答えたものかわからないまま、曖昧な笑いを浮かべた私の背後から、母親が声をかけた。
「あんたたち、西瓜食べるかい?」
「はぁい。・・・いこ?」
まんまと助け船に乗っかった形の私は、いそいそとリビングへ向かった。

〈続く〉