クラバート

クラバート
クラバート
幼い頃から長い長い間思い続けてきた疑問がついに解けた。
http://cgi.chelucy.com/nsw/bbs/?mode=allread&no=104&page=0
子供の頃、大晦日か正月に祖父母の家に泊まりに行っていたときに見た、アニメ版クラバートはやはり存在したのだった。記憶違いと言うには余りに鮮烈で衝撃を受けた作品だったので、存在してくれて本当にうれしい。
またDVD化されているとのことで、その気になればすぐにでも見れるといううれしい状況である。
幻想の魔術師 カレル・ゼマン 「クラバート」 短編 「クリスマスの夢」 [DVD]
http://www.chelucy.com/nsw/
またうれしいことに、クラバートのサイトが存在した。
http://members.at.infoseek.co.jp/florting/union.html
昔インターネットがまだ普及し始めた頃に調べたが、まともに情報がなく落胆した記憶がある。プロイスラー版クラバートの元になったヴェンド人のクラバート伝説やデカ帽伝説なんかもわかるといいのに。
クラバートは自分にとって人格形成にまで影響を与えた本当に素晴らしい作品だ。この完成された世界観を、共有できる人がいるのは本当に本当に嬉しい事である。
「死んだものは、死んだのだ」トンダのこの言葉がいまも心に残っている。大人になった今、思う。親方は恐ろしい人ではなく友を手にかけてしまった事をいまも思っている哀しい人ではなかったのだろうかと。
子供の頃に読んだこの作品によって、自分の中で魔法というものに対するイメージは決定付けられた気がする。決して手軽な便利なものではなく、周到な用意と極度の集中を必要とする秘術。扱い方を誤るとどんな事態に陥るかわからない、本人にも支配できない技、それが魔法である、と。
魔法のことだけではなく、人生観や親しい友人との別れ、今自分を取り囲んでいる状況からの脱却・・・クラバートが自分に与えてくれたものは本当に大きい。今自分は芝居を生業にしているが、自分が芝居で表現しようとしている事は、常に、クラバートが自分に与えてくれたことなのかも知れないと思う。つまり、自分は第2のクラバートを他人に与えようとしているのだろう。
それがかなうまで、いやかなったとしても、もっともっと永遠にクラバートの世界にい続けたい。今でも、そう思う。