”Nostalgia Film” 「夏と夜空とマホウノビン」#4

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ケンザブロウは全身の毛を逆立てると、威嚇するように身構えていた。視線の先に何かいでもするのかと、私は慌てて見回したが、魔法瓶を手に不安そうな顔で私を見つめ返すアズサの姿があるだけだった。


「どうしたのさ、あんた」
と、声をかけた瞬間、ケンザブロウがぱっと身を翻した。
「きゃぁっ」
アズサの短い叫びが茶の間に響く。
直後、ケンザブロウの姿はその場から消え去っていた。


消え去っていた・・・そう表現する以外に、他に適切な方法を私は思い付かなかった。
「走り去った」でも、「出ていった」でもない。なぜなら、ケンザブロウはこの部屋から走り去りも出ていきもしていないのだ。
「猫さん・・・」
アズサが呆然とした様子で、自分の手の中の魔法瓶を見つめていた。
そう、私の目がどうかしていたのでなければ、ケンザブロウはこの魔法瓶の中に飛び込んでいったのだ。ああ神様。


「ヨウコさん、どうしよう・・・」
アズサが私に困った顔を向けてくる。そんなこと言われたって、私にだってわかるわけがない。
「・・・出てこれないのかな」
「わかんない・・・わたし、この中に入れるなんて知らなかった・・・知らなかったよ・・・」
消え入りそうな声で、アズサが私を見上げている
庭では何事もなかったかのように、蝉が輪唱を続けている。それにしても蝉のやつ、こんなときでも呑気に鳴きやがって。

〈続く〉