”Nostalgia Film” 「夏と夜空とマホウノビン」 #9

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私とアズサとケンザブロウは日が落ちるまでその光景を眺めていた。
崖に腰かけて足をぶらぶらさせている私の横に、アズサがちょこんと座っている。
ケンザブロウは眠そうにあくびはしていたものの、めずらしくどこへも行こうとしなかったところを見ると、あいつはあいつなりにこの状況を楽しんでいるんだろう。
私たちの間にはなんの言葉もなかったが、不思議とそんなものは必要ないように思えた。自分の横に相手がいる、それだけでもうなんの心配もなかった。


日が遠い山の向こうに落ちきって、街は夜の闇と家々が灯す光だけが包み込んだ。
それでも私たちは飽きもせず眺め続けていた。
空には微かに星が瞬いて、遠くには少し欠けた月の姿も見えた。
夜の空気を感じるなんて、ほんとに久しぶりだった。家の中にいるとわからないその感覚を、私は肌に感じながら思い出していた。夏の夜にしかない、特別な感覚。
ほんとに家の中にいると、家のことなんてなんにもわからないものだ。
あの家々の中にどんな人がいて、どんな会話をして、どんな生活をしていたって、ここから見れば全部あたたかい灯りにしか見えない。


「そうだろ? アズサ」
不意に声をかけたことに驚くでもなく、アズサは私の方を見て、しっかりとうなづいた。
「わたしの家も・・・あんな風にあったかくみえるのかな」
「見えるさ。もちろん」
私はアズサの肩を軽く叩いた。
「・・・帰りたい」


「よし」
私は立ち上がって傍らのケンザブロウを抱き上げた。
「まったく、あんたのお陰でこんな遠くまで来ちまったよ」
そう言いながらもう一度街を振り返ると、アズサも街の灯りを見続けながら呟いた。
「いつか・・・あんな遠いところまで、いけたらいいのに・・・」
私はアズサの背中をばんと叩いた。
「いけるよ。いつでも、さ」
そう言うと、アズサは子供らしい顔で笑った。


「さぁ、帰ろう。お腹もすいたしさ」
「にゃあ」
ケンザブロウが同意の鳴き声をあげた。


〈続く〉