”Nostalgia Film” 「ポケットにレーズンがいっぱい」 #5


#5
「お嬢さん、あいにくこの霧だ。よければわしの家で少し休んでいかれてはどうかな」
おじいさんはランプを掲げ、あたりの様子を伺いながら、私に微笑みかけた。
辺りはまったく見通しがきかず、昼なのか夜なのかも伺いしれない様相になっていた。


先を進むおじいさんの背中を見失わないように、わたしは定まらない足元を確かめつつ前に進んだ。
ちょっと目を離すとすぐ近くのはずのおじいさんすら見えなくなってしまうほど、辺りは深い霧に包まれていた。
この辺りでこんなに霧が出るなんて、わたしは聞いたことがなかった。とはいうものの、わたしはまだ引越して来たばかりなのだから、この辺りでは案外ふつうのことなのかもしれない。


それにしてもどれくらい進んだんだろう。周りが見えないと距離の感覚も時間の感覚もどちらも失ってしまう。どこまで行くのか少し不安を覚えた頃、おじいさんは立ち止まり、ランプを上に掲げて先を指し示した。
そこには小さな煉瓦造りの家が見えた。


「さ、お入り」
玄関のポーチでランプの火を消すと、おじいさんは古い木の扉を開け、わたしを迎え入れてくれた。
古い小さな家の中には物が溢れ返っていたが、それぞれはきちんと整理されて収まるべきところに収まっており、その様はまるでアンティークの雑貨屋のような印象をわたしに与えた。


「お茶でも淹れようかの」
外套を脱ぐと、おじいさんは台所へ向かった。わたしは所在無げに部屋の中を眺めていた。
「紅茶はお嫌いかな?」
「いえ、そんな・・・」
台所からおじいさんが問いかけてきたが、わたしは部屋の中にある色々なものに目を奪われていた。
見たことのない外国の文字で書かれた分厚い表紙の本や、木彫りの細工のいろいろな動物たち、なにに使うのか分からない工具や実験道具なんかが所狭しと置かれていた。


わたしは机の上にあった鳥の細工を手に取って、そっと眺めた。
小さい細工だったが、細かいところまでしっかり時間をかけて、丁寧に作られていた。


「細工に興味がおありかな」
いつの間にかおじいさんが湯気の立つポットを載せたお盆を手に、わたしの後ろから声をかけた。
「ごめんなさい。勝手に触って・・・」
「なに、かまわんよ。それはまだ作りかけでな」
おじいさんは丸いテーブルの上にお茶のポットとカップを並べると、椅子を2つ、その側に寄せた。
「さ、さめないうちにおあがり」
わたしはおじいさんとちょうど向かい合わせになる形で、椅子に腰掛けた。


まだ湯気を上げたままのカップはあたたかく、霧の中をしばらく歩いてひんやりしたわたしの体にはちょうど心地よかった。
わたしはほっとした気持ちで椅子に深く腰かけ、カップを両手で包み込んだ。
その時、戸口の方で何かが閉まるパタンという音がした。
おじいさんはそちらに向けて声をかけた。


「ああ、おかえり。サー・グレナデンシロップ」


〈つづく〉