”Nostalgia Film” 「ポケットにレーズンがいっぱい」 #6


#6
戸口の方から、バサバサとなにかが擦れる音がした後、グワッグワッと鳴き声が聞こえた。
ぽかんと口を開けたままのわたしの前に姿を現したのは、糊のきいたスーツを着こなした、一羽のガチョウだった。


「どこへ行っておったのだね? おらんのかと思ったよ」
おじいさんはそのちょっと気取ったガチョウに話しかけた。すると不思議なことにガチョウはおじいさんの言葉がわかるかのように、そばに近寄ってきた。
紅茶のカップを片手に持ったまましげしげとそちらを眺めているわたしに気がつくと、おじいさんは慌てて話をこちらへ向けた。
「おお、これは失礼した。紹介しよう、サー・グレナデンシロップだ」


わたしはその、ガチョウには不釣り合いないかにも大仰な名前に少し笑いを噛み殺しながら、頭を撫でてあげようと手を伸ばした。
「こんにちわ。かわいいガチョウさん」
「失礼ですな、レディ。こう見えても我が輩は貴族なのですぞ。(グワッ)」


声を出すこともできないわたしを前に、彼は胸(というものがあればだが)を張って改まった口調で名乗りを上げた。
「しかし、しかしだ。せっかくのお言葉である。褒め言葉と受けとめておきましょう。(グワッ) ああ、申し遅れました。我が輩は、西国騎士団領の貴族、サー・グレナデンシロップ卿と申す者。以後、お見知りおきを(グワッ、グワッ)」


口上の後も、わたしが反応を示さないので、彼はやや憮然とした表情(きっとこれがそうだ)になった。
「ほらほら、お客さんが驚いているじゃないか。さ、こっちへおかけ。一緒にお茶を飲もう」
おじいさんは小さな椅子を取り出し、自分のカップのソーサーに、ポットの紅茶を注いだ。
「ふむ。ご相伴に預かろう」
そう言うと、グレナデンシロップ卿は羽をバタバタとあちこちぶつけながら、自分の椅子によじ登ろうとした。
わたしが見かねて手を出そうとしたとき、小さく飛び上がると、なんとか椅子に着陸した。
「いや、今日は実によい日和ですな、レディ」


こうして深く霧の立ち込める昼前に、二人と一羽の奇妙なお茶会ははじまったのだ。


〈つづく〉