”Nostalgia Film” 「ポケットにレーズンがいっぱい」 #9


#9
「名前を呼んでやるのだよ」
おじいさんはわたしに言いました。
「すべてのものには名前がある。それは目に見えているものとはもうひとつ別のもので、生まれてから死ぬまで、当の本人だって知らないことも多いのだよ」
わたしはおじいさんの横に座りながら、必死で耳を傾けていた。聞こうと言うなら、注意深く耳を傾けていなくてはならない。


「森の守り手はもうひとつの名前を知ることで、森に生きるものを守ってやることができる。だが気をつけなくてはならん。もうひとつの名前を知ることは、同時にその者すべてを知ることになる。それはお互いにとって良いことばかりとは限らないのだよ」
おじいさんはそう言いながら、傍らに咲く白い花に手を触れた。
ラジェンドラ・・・」
「そう。それがこの花の名のようだ」
「素敵な名前」
「すべての名前は等しく素敵なものだよ」
そう言いながら、おじいさんはそっとわたしの頭を撫でてくれた。


「さぁ、ご両人。そろそろ出立せぬか? 日はすでに中天を指しておる。ぐずぐずしている時間はないぞ」
グレナデンシロップ卿が焦れたように声をあげる。
「では、そろそろ行こうかの」
ゆっくりと腰をあげたおじいさんに続いて、わたしも立ち上がった。
おじいさんはわたしに手を差し伸べ、助け起こしてくれた。
「・・・お嬢さんにこれを差し上げよう」
おじいさんは肩に下げた鞄から筒状のものを取り出した。
「なに・・・?」
「魔法の瓶さ。きっとあんたを守ってくれるだろう」
「マホウノビン・・・」
わたしは手渡された瓶を不思議な気持ちで眺めていた。


〈つづく〉