”Nostalgia Film” 「ポケットにレーズンがいっぱい」 #10


#10
しばらく進み、道が二手に別れている場所に差し掛かったとき、おじいさんはふと足を止めた。
「これから先、わしらはこっち。あんたはあっちだ」
わたしはおじいさんの指し示す、右手の道を呆然と眺めた。
「だけど、だけどわたし」
まだ何も教えてもらってない。もっともっといろんな事を知りたい。
「いつでもおいで。・・・わしはここにおるよ」
おじいさんはそう言ってやさしく笑った。


「おなかがすいたら、これをお食べ」
おじいさんは鞄からわたしの両手にいっぱいのレーズンを取り出した。
甘い香りに包まれながら、わたしはそっとポケットに入れた。ポケットはそれはもういっぱいになった。


「それではレディ、暫しのお別れを。次にお会いするときには正装して参られよ。我が輩の舞踏会にご招待いたそう(グワッ)」
グレナデンシロップ卿が大仰な物言いで一礼した。彼はいったいどうやってダンスを踊るのだろうと想像して、わたしは含み笑いを漏らした。
「ありがとう。サー・グレナデンシロップ。喜んでご招待に預かるわ」
わたしはスカートの裾を少し持ち上げて礼をした。
「気をつけてな」
おじいさんが少し心配そうにわたしの顔を見つめた。
大丈夫。ここにはいつでも来れる。
わたしは少し笑って手を振り、歩き出した。


しばらくひとりで森の中を歩き続けながら、わたしはいろんな事を考えていた。
家のこと、学校のこと、お母さんのこと。
でもそんなことはすべて、本当は大したことじゃないような気がしていた。
ほんとうに大事なものは、そんなことじゃないんだ。


いろんな事を考えながら、わたしはずいぶん長い間歩いていた。ポケットにいっぱいだったレーズンも少なくなってきていた。
わたしはなんだか、だんだん眠くなってきた。
ねむっちゃダメだ、ねむっちゃダメだ。
頭はずっと警鐘を鳴らしていたが、歩きながらだというのに、わたしの意識はどんどん曖昧になっていった・・・。<つづく>